出展会場・古代アート紹介マップ
千数百年前から飛鳥に伝わる謎の石造物群などの古代アート。明日香村でしか具現化できない、“芸術の本質”がいたるところに存在します。
この紹介ページでは、イラストマップで、飛鳥に点在する古代アートや史跡・遺跡群と飛鳥アートプロジェクト会場およびバスルートなどを表示・紹介しています。
なお、飛鳥アートプロジェクトの主な会場は、①国営飛鳥歴史公園 高松塚周辺地域(Q)、②川原寺跡(R)、③石舞台古墳(O)、④奈良県立万葉文化館(N)、④橘寺(12月11日まで)(M)です。下記マップでご確認ください。

国営飛鳥歴史公園 高松塚周辺地区まで飛鳥駅から徒歩約7分
石舞台古墳まで飛鳥駅から徒歩約40分(バスで約13分)
詳しくは、奈良交通バス時刻表をご覧ください。
※近鉄吉野線「飛鳥駅」の飛鳥総合案内所にて会場案内マップをお配りしています。
PDFダウンロードはこちらをクリックしてください。
A)亀形石造物
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斉明天皇の時代に造られユーモラスな亀の姿の石造物。この南側には、石造物へと水が流れる湧水施設があり、何らかの祭祀が行われていたと考えられている。 |
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B)鬼の雪隠・俎板
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7世紀中ごろに築造された長方墳とみられる。鬼が付近を通る旅人を俎板の上で料理し、雪隠(トイレ)で用を足したと伝えられている。 |
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C)亀石
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長さ4m、幅2m、高さ2m、重さ40tの花崗岩でできた、謎の石造物。伝説ではこの石の向きが西(当麻)へ向くと大和国一帯が泥の海に沈むといわれている。 |
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D)猿石
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さまざまな表情を見せる謎の石造物。花崗岩からできていることから渡来人の作品と推測されていた。 |
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E)酒船石
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用途のわからない、幾何学模様のような溝が掘られている石造物。 |
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F)飛鳥池遺跡
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7世紀後半から8世紀初めの律令国家形成期の貴重な総合工房跡。 |
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G)キトラ古墳
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7世紀末から8世紀初めの築造。横口式石槨内に描かれた天文図等の壁画で知られる円墳。 |
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H)二面石
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橘寺境内にある、善悪の顔を持つ石造物。後世、この場所に運ばれてきたといわれている。 |
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I)南都明日香ふれあいセンター犬養万葉記念館
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万葉学者・犬養孝の業績を検証する記念館。南都銀行・旧明日香支店の店舗を改装した建物。 |
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J)奈良文化財研究所 飛鳥資料館
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6世紀から7世紀の日本の古代の姿を紹介する奈良文化財研究所の博物館。古代史ファンで賑わう。 |
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K)飛鳥寺
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6世紀末から7世紀初めに蘇我馬子の発願で建てられた日本最古の本格的仏教寺院。飛鳥大仏で親しまれる。 |
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L)岡寺(龍蓋寺)
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飛鳥時代末から奈良時代初めに創建。龍蓋池と日本最大の塑像、如意輪観音の菩薩像がある。 |
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M)橘寺
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聖徳太子建立の七ヶ寺の一つ。二つの顔を持つ二面石も有名。また往生院の天井画も有名。 |
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N)奈良県立万葉文化館
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さまざまな角度から日本古代を知ることができる総合文化施設。日本最古の銅銭「富本銭」はこの場所で見つかった。オリジナル商品のあるミュージアムショップ、レストランもある。 |
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O)石舞台古墳
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蘇我馬子の墓といわれ7世紀初めの築造。日本最大級の横穴式石室をもつ古墳。盛土が失われた特異な姿から石舞台の名で呼ばれるようになった。※飛鳥駅から徒歩約40分(バスで約13分) |
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P)高松塚古墳
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中国の神話、四神(東の青龍、南の朱雀、西の白虎、北の玄武)などが描かれた極彩色の壁画のある円墳。7世紀末から8世紀創にかけての構造。 |
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Q)高松塚壁画館
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日本を代表する画家たちによる模写壁画は鮮やかに甦った古代へと導いてくれる。 |
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R)川原寺
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飛鳥四大寺。斉明天皇のご冥福を祈り、息子の天智天皇の創建。西金堂と塔を回廊が囲み、その北側に中金堂、北川に講堂を置く川原寺式伽藍で、現在中門跡などが整備され残る。中金堂礎石に白大理石、複弁蓮華文の瓦を用いるなど壮麗な造りだったことがわかっている。 |
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